【wecoインタビュー特集】ayame (1/4)

【wecoインタビュー特集】ayame (1/4)

2014年01月05日 (4年前に公開)

本物のビバリーヒルズウエディングを日本のブライダルシーンに紹介したい

ドレスショップ、ゲストハウス、プロデュース会社を経験し、現在フリーランスの立場でウエディングプランナーとして活躍する ayame さん。アメリカL.A.・ビバリーヒルズで最新ウエディングを見続け、日本のウエディングシーンに提案するスタイルで業界でも注目される人気プランナーです。そんな彼女にフリーウエディングプランナーのこと、欧米スタイルのウエディングの魅力などについてお話をうかがいました。
(インタビュアー:weco編集部)

ニューヨークのプランナーに衝撃を受けブライダルの道へ進む決意をしました

──ayameさんがウエディングプランナーになろうと思ったきっかけは何でしたか?
音大生だった18歳の頃から大阪のレストランでピアノ演奏を始め、20歳のときに同じレストランのシンガーオーディションに受かり、アニバーサリーのお客様にサプライズで歌ったり、レストランウエディングのときにはピアニスト・シンガーとして演奏していました。

専攻は声楽ということもあり、発表会の時には必ずドレスを着用する事が必須で、花嫁用のドレスを借りていて(笑)。そんなことで、当時からウエディングドレスショップとはおつきあいがありましたね。

【wecoインタビュー特集】ayame (1/4)

──大学在学中から卒業後はブライダル業界に就職したいと考えていたのですか?
その当時はウエディング業界に進みたいという気持ちは全くなかったのですが、就職活動を始める頃、たまたまニューヨークのウエディングプランナーのドキュメンタリーをテレビで観たのがきっかけでした。

そのドキュメントでは、花嫁がプランナーを指名して準備するのが欧米の結婚式スタイルで、指名されるプランナーになるためには一流のスキルとキャリア、ネットワークを持つプロでなければならないと紹介されていました。

そして、仕事もプライベートもすべてパーフェクトを求めるマンハッタンで働く一流のキャリアウーマンに指名されるのはもっとも名誉なことで、アメリカの一流のプランナーは、弁護士クラスのステイタスと収入を得ていると知りました。

この番組の最後に「自立する女性が増えるこれからの時代、プランナーは女性として年齢を重ねることにやりがいのある仕事である」というフレーズを聴いて、「これだ!」と全身に電気が走るような衝撃を受けて…、それでウエディングの仕事に進もうと決意しました。

──では、最初から欧米スタイルの指名されるプランナーになろうと目標が決まっていたのですね?
はい、まだウエディングプランナーという名前が日本では一般に知られていない時代でしたが、スタート時点から指名される欧米スタイルのウエディングプランナーという大きな目標を掲げることができました。

しかし、実際にウエディング業界に的を絞って就職活動を始めると、日本では状況が違っており、ホテルの面接では婚礼予約課に行きたいと伝えた所、「いろんな部署を経験し10年経っても配属される保証はない」と面接官に言われ、「私、10年後にプランナーになっていないなんてイメージできません!」なんて偉そうなことを言ってしまって(笑)。

それなら婚礼衣装店ならお客様はすべて結婚する方だからとアドバイスを頂き、婚礼衣裳店に就職することにし、5年間勤務しました。

週末に、全国の提携先である大手ホテルのブライダルフェアで接客応援・設営準備等をサポートし、そのときにホテルウエディングの内情や、企業ごとの個性があること、全国のエリアごとの地域性や接客の言葉遣いなどを学ぶことができました。

次はホテルではない企業に勤めたいと思い、ゲストハウスウエディングを行うアニヴェルセル表参道からお声がかかったのを期に転職。入社はドレススタイリストでしたが、2週間後の事業拡大に伴うプランナー募集で念願のプランナー・デビュー。約5年間プランナーとして働く経験ができました。

──ゲストハウス時代からアメリカのL.A.に通って本場のウエディングを勉強しているそうですね。
アニヴェルセル表参道は、記念日をテーマにした会場なので毎年新しい企画があり、ある年、ライフスタイルアドバイザーのアンリ・シュロフさんがウエディングを手がけるという特別なプランを発表しました。

その世界観を見たときに、「私がウエディングプランナーを目指したのはこれだった!」と、初心を思い出し、マンネリ化していた気持ちを変えるために、定期的にアメリカへ勉強しに行き、当初志したアメリカのウエディングの世界観を極めようと決心しました。

せっかく勉強するなら、トップで活躍している方のもとで学びたいと探し続け、やっと6年前にこの人だなと思える方、L.A.のビバリーヒルズで現在も活躍し続けている現在のビジネスパートナーに出逢いまいした。

【wecoインタビュー特集】ayame (1/4)

──国内ではゲストハウスの後、プロデュース会社に転職されましたね。
国内では、ドレス、ホテル、ゲストハウスと経験させていただいたので、次のステージとしてプロデュース会社に転職しました。

プロデュース会社のプランナーになって、これまでの環境とは全く異なるプランニングスキルが必要だと知るとともに、ホテルやゲストハウスがいかに守られた環境で、決められたオペレーションの範囲内でのプランニングでしかなかったかを痛感しました。

プロデュース会社での5年間は、とにかく現場主義を貫きたかったので、年齢的にはマネージメント業務をしなければいけませんが、現場担当も兼務し、さらに年数回のL.A.通いと並行しました。

振り返れば、スタート時点で欧米スタイルのウエディングプランナーになるという高い目標があったからこそ1組も妥協なく情熱を傾けて、走り続けてこられたのだと思います。

フリーランスのウエディングプランナーは新郎新婦専属の「結婚式の弁護士」です

──ayameさんが理想とするフリーウエディングプランナー像とは?
まずウエディングプランナーという仕事は、結婚式を行いたいカップルがいるからこそ存在価値があると考えています。

それは独立してフリーになる前から考え方は変わりません。ウエディングプランナーは人気の職業ですが、だからと言って偉い訳でもないのです。

プロとして良いサービスができれば価値が生まれ、価値があれば、それに見合ったギャランティーを頂くことができます。だから私は何かを割引して売るようなスタンスは好きではありません。元々適正価格であれば割引する必要もないですから。

プロとしての価値を正当に理解いただけるお客様と、いい意味で対等な立場で仕事をすることを基本に、プロとして私のネットワークでなければ手に入らない良い物や情報を世界中から探し、提供できるように心掛けています。

とはいえ、ただたくさん情報を提供すれば良いとは思わず、必ず3つに絞り込み、どれを選んでも素敵になる情報しかご提案しません。そのための下準備には、膨大な時間と手間を掛けています。

例えば提携するドレスショップを紹介するだけという仕事のスタイルも日本にはありますが、ご紹介したショップのドレスが素敵であっても、実際に花嫁が選んだドレスが当日の世界観に合わないケースも見受けられ、選び直しの手間を掛けさせることになってしまいます。

ならば、全体を把握しているプロが付き添い、アドバイスするほうが花嫁にとってもよい方向に繋がりますので、何か大切なアイテムを決める際は必ず同席するようにしています。

結局、フリーのウエディングプランナーは、「結婚の弁護士」のような存在ですね。悩みや問題を解決したいときには、その分野の専門家である弁護士を選ぶのと同じ事で、新郎新婦の専属プランナーとして雇われ、ふたりの味方として問題を解決するプロだと考えています。

私は純粋に新郎新婦の代理人の立場で仕事をしたい。だからこそしっかりと新郎新婦からプロデュースフィーを頂戴する。そして新郎新婦のこだわりに合わせた『ヘアメイク・カメラマン・フローリスト等オリジナルチームを編成する』為に、特定の提携先を持ったりしない事が、本当のフリーウエディングプランナーだと思っています。

[ 2/4へ続く ]